ドクターMの回想録

ERシリーズ(その3)

その晩搬入された患者さんはインド系の方。近くの工場で仕事中右手を機械に挟まれての受傷です。
痛そうに顔をゆがめて来た患者さんの手を診察すると、痛いのももっとも、右手の示指、中指、環指がすべて引き抜き損傷となっています。引き抜き損傷というのは皮膚が大きな力で引っ張られると、骨や腱を残して手袋を脱ぐように(deglove)皮だけがはぎ取られたような損傷のことです。はぎ取られた3本の指は辛うじて手につながっているものの、挫滅(損傷)が著しく再接着は困難な状態でした。残った指の骨も覆う皮膚がなければ生かしておくことが出来ません。最悪の場合、手首から切断という可能性もあります。
こういったケースではまず再接着を試み、不可能な場合には遠隔皮弁や断端形成術を考慮します。というのは重要な指の機能をなるべく温存し、その後のQOLを少しでも高めようとするのが基本だからです。
再接着を試みた場合は入院は少なくても数ヶ月はかかるでしょう。
断端形成の場合は入院は短くて済みますが手の機能は温存出来ません。

この方の場合、少し事情が複雑でした。

右手は食事をする大事な手ですので、切らないでください。しかし、仕事もしないで何ヶ月も入院するなどはとても出来ないと言うわけです。
二律背反のこの条件に合う治療は。。。

もし私がそのときもう少し熟練の形成外科医であったなら、もしかしたらもっと良い治療があったのかも知れません。最小限の骨切除と遠隔皮弁による被覆で、示指は犠牲になりましたが中指、環指を多少短いながら温存しました。拇指は残っていますので対向機能はあり、とりあえず何とかご飯を掴めるようになりました。

最短の入院治療で国にお帰りになりましたが、後に風の噂に聞いたところによると日本の会社から貰った保険金(見舞金?)で本国に家を建てたそうです(真偽のほどは定かではありません)。